「準備が整ってからやる」は一生来ない

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完璧主義であることに気づいた瞬間

1月、転職活動を本格的に始めた。

職務経歴書は何度も見直した。

表現を整え、成果の数字を入れ替え、言い回しを磨いた。

でも、応募ボタンが押せない。

「もう少し完成度を上げてから」

「市場をもう少し調べてから」

「ベストな企業を見つけてから」

気づけば1週間、2週間と過ぎていく。

そのときようやく気づいた。

これは慎重なのではない。

“確定を避けている”のだと。

応募しなければ、自分の市場価値は未確定のまま。

可能性のある自分でいられる。

応募すればどうなるか。

書類選考という形で評価がつく。

人は失敗よりも、「評価が確定すること」を怖がる。

未応募は安全地帯だ。

完璧主義は、その安全地帯を守るための戦略だった。


仮で行動した結果

ある日、基準を変えた。

完成度を見るのをやめた。

「今の80%で出す」と決めた。

片っ端から応募した。

とにかく“出す回数”を増やした。

すると何が起きたか。

返信が来る。

面談日程の調整が始まる。

面接の準備が必要になる。

外から期限が生まれた。

そしてもう一つ。

情報が集まり始めた。

・この業界はどんな人材を求めているのか

・自分の経歴のどこに反応があるのか

・どの部分が弱いのか

応募前には見えなかった“市場の温度”が見えるようになった。

結果、職務経歴書の弱点に気づいた。

週に1回アップデートする仕組みに変えた。

行動 → 情報 → 修正

この循環が回り始めた。

考えてから動いたのではない。

動いたから考えられるようになった。


なぜ完璧主義になるのか

完璧主義は能力ではない。

恐怖への対処法だ。

将来は見えない。

評価は怖い。

失敗は避けたい。

脳は不確実性を嫌う。

だから「計画」を増やす。

計画を立てると、不安が少し下がるからだ。

しかし「実行」は違う。

実行すると、評価に晒される。

不安が一時的に上がる。

だから計画が増え、実行が減る。

完璧主義とは、

“評価から自分を守るために、準備を増やす行動”

だった。

ここを見誤ると、

「もっと計画を精密にすれば動ける」

という方向に進んでしまう。

しかし逆だ。

精密な計画は、不安を下げるが、前進はさせない。


PDCAはDの回数で決まる

PDCAという言葉はよく使われる。

だが現実は、多くの人が

P → P → P → たまにC

で止まっている。

本来はこうだ。

D → C → 修正 → D

計画は最低限でいい。

重要なのは、Dの回数。

なぜならDが外圧を生むからだ。

応募すれば、返信が来る。

返信が来れば、準備せざるを得ない。

期限が生まれれば、動くしかない。

人は内側のやる気より、外側の締切で動く。

行動を増やすと、勝手に思考が追いつく。

これは精神論ではない。

情報は行動からしか得られない。

動かない限り、状況は更新されない。


考える順番を変える

「考えるのをやめよう」ではない。

考える順番を変える。

従来:

考える → 完成する → 動く

現実:

仮で出す → 情報が入る → 修正する

思考は完成させるものではない。

更新するものだ。

今日は、今あるもので一つ出してみる。

ブログを書く。

応募する。

連絡する。

その瞬間、自分の立ち位置が分かる。

準備が整う日を待っている限り、

準備は永遠に未完成のままだ。

なぜなら、

「もっと整えられる余地」は常に見つかるからだ。

完璧主義は悪ではない。

質を高める力でもある。

ただし、順番を間違えると足枷になる。

質はDの後に高める。

まずは出す。

そして修正する。

前に進む人と止まる人の違いは、

才能でも意志でもない。

“未完成で出せるかどうか”

そこにある。

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