「じゃあ、どう働けばいいのか」という問いの落とし穴
「自分が幸福だと思えばいい、は正しいが不十分だ」と考え、
「なぜ働くと幸福が壊れるのか」を分解してきた。
ここまで考えると、多くの人は次にこう思う。
「じゃあ、どんな仕事を選べばいいのか?」
この問いは自然だが、ここに一つの落とし穴がある。
多くの場合、この瞬間に
「正解の仕事」を探し始めてしまう。
しかしそれは、「他人の幸福を借りる」思考に戻ることでもある。
働き方に正解はない。あるのは“条件”だけ
結論から言う。
幸福を壊さない働き方に、正解はない
あるのは
自分にとって壊れない条件だけ
なぜなら、前提となる「幸福」が人によって違うからだ。
- 収入の高さを重視する人もいれば
- 自由な時間を重視する人もいる
- 人との関わりを重視する人もいる
この時点で、最適な働き方は変わる。
だからこそ
仕事を探す前に、条件を定義しないと必ずズレる
幸福を壊すかどうかは、3つで決まる
では、その条件は何か。
働き方が幸福を壊すかどうかは、主に次の3つで決まる。
① 時間を削るか
時間はすべての基盤になる。
一人で過ごす時間も、人との時間も、休息も、
すべては時間があって成立する。
ここが削られると、回復も再構築もできない。
② エネルギーを削るか
時間があっても、エネルギーがなければ意味がない。
- 強いストレス
- 気を使い続ける人間関係
- 常に緊張状態の環境
こういった状態では、時間は“回復のためだけ”に消えていく。
③ 思考を削るか
ここが最も見落とされやすい。
- 指示通りに動くだけ
- 自分で考える余地がない
- 意味を問わなくていい仕事
この状態が続くと、
自分が何を望んでいるかを考えなくなる
結果として、再び他人の価値観に戻っていく。
多くの人は「何が得られるか」で仕事を選ぶ
ここにズレがある。
多くの人は
- 給料はいくらか
- 休みはどれくらいか
- 安定しているか
といった「得られるもの」で判断する。
しかし、それだけでは不十分だ。
本当に見るべきは「何が削られるか」
視点を変える必要がある。
この働き方は、何を削るのか
- 時間を削るのか
- エネルギーを削るのか
- 思考を削るのか
そして
それは自分にとって許容できるのか
ここまで考えて初めて、判断になる。
働き方は「選択」ではなく「設計」である
働き方は、良い・悪いで選ぶものではない。
条件に合わせて設計するもの
- 何を幸福とするかを決める
- それを壊す要因を特定する
- それを避ける働き方を選ぶ
この順番を外すと、どこかでズレが生まれる。
最後に
働くこと自体は問題ではない。
問題は
何を削って成り立っているか
ここを見ないまま働くと、
気づいた時には、幸福の土台が削られている。
今日やること
シンプルにこれだけでいい。
今の仕事、または検討している仕事について
「何が削られているか」を3つ書き出す


コメント