「まだ迷っている」と言いながら、何ヶ月も同じ場所に留まっていることはないだろうか。
転職サイトを毎日開くのに、応募ボタンは押さない。物件を見続けるのに、内見の予約はしない。情報だけが増えて、状況は何も変わらない。
私自身がまさにそうだった。転職について「考えている」と言い続けながら、実際には求人を眺めるだけの日々を送っていた。
今回は、その停滞の正体について書いてみたい。
人は本当に迷っているのか
転職、副業、引っ越し、結婚。人生の節目で、多くの人がこう言う。
「まだ迷っている」「もう少し考えたい」「もう少し情報を集めたい」
一見、慎重で真面目な姿勢に見える。
しかし、少し観察すると不思議なことに気づく。「迷っている」と言う人ほど、長い時間同じ場所に留まり続けている。求人を見続ける。物件を見続ける。情報を集め続ける。それでも決断はしない。
これは本当に「迷い」なのか。
自分の行動を観察していて、一つの結論に至った。多くの場合、人は迷っているのではない。
決めたくないだけだ。
決断とは「他の可能性を捨てること」
決断と聞くと、多くの人は「正しい選択を選ぶこと」だと考える。
しかし、決断の本質は少し違う。決断とは、一つを選び、他の可能性を捨てることだ。
例えば転職。A社に行くと決めた瞬間、B社やC社の可能性は消える。引っ越しも同じで、この街に住むと決めた瞬間、他の街に住む未来はなくなる。
つまり決断とは、自由を減らす行為でもある。
だから人は決断を避ける。迷っている状態でいれば、まだすべての可能性が手元に残っているからだ。
迷い続けることで、人は安心している
迷っている状態は、不安定に見えて、実はかなり安全な状態だ。
なぜなら、まだ失敗していない。責任が確定していない。未来の結果を引き受けていない。
だから人は、情報を集め続ける。人に相談し続ける。考え続ける。
一見すると努力しているように見える。しかし実態は、決断の先延ばしにすぎない。そんなケースは多い。
「検討中」という言葉は、何もしていない自分への言い訳として、あまりに便利すぎる。
自分も「迷っているふり」をしていた
これは私自身の話だ。
今、転職について考えている。内定をもらっている会社が一社ある。他にも応募中の会社がある。日本に移住する予定もある。
頭では理解している。答えはある程度、もう見えている。
それでも私は、求人を見たり、情報を調べたり、将来をシミュレーションしたりし続けていた。
その姿を客観的に見て、気づいた。
私は迷っているのではない。決めたくないだけだ。
なぜなら、決めた瞬間に生活が変わる。環境が変わる。責任が生まれる。それを引き受ける覚悟が、まだ完全にはできていない。
「迷っている」という言葉は、覚悟のなさを隠すための、体のいい包装紙だった。
決断は正解を選ぶことではない
多くの人が誤解しているが、決断とは「正しい未来」を選ぶことではない。
未来は誰にも分からない。どの選択にも、うまくいく可能性と失敗する可能性の両方がある。転職先が正解だったかどうかは、選んだ時点では誰にも判定できない。
だから決断とは、正解を選ぶことではなく、未来を一つ選び、そこに進むことだ。
そして進んだあとに、修正する。工夫する。作り直す。
結果は選んだ瞬間に決まるのではなく、その積み重ねで作られていく。
今日できる一つの行動
もし今、迷っていることがあるなら、一度だけ自分に聞いてみてほしい。
「本当に迷っているのか?」それとも「決めたくないだけなのか?」
この問いは少し痛い。私も痛かった。しかし答えは意外とシンプルだ。
私自身は、「迷っていた」というより「決断を先延ばしにしていただけ」だった。必要なのは正しい選択ではなく、「一つ選ぶこと」なのだと思う。
そこからしか、何も始まらないのだと思う。
まずは紙に一行、「自分は何を決めたくないのか」を書いてみるだけでもいい。
次に読む
では、「決めたくない」と分かったあと、どう動くか。
実は、意志ではなく”仕組み”で決断を進める方法がある。神頼みやコイン投げも、その一つだ。
具体的な対処法は、次の記事で整理している。



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