神様のおかげで選択肢が増えた。そして、また止まりかけた

停滞の正体

選択肢が増えたはずなのに、前より動けなくなった。そんな経験はないだろうか。

私は今年、進路について妻と一緒に媽祖様に聞きに行った。妻の実家は代々道教を信仰していて、妻の守護神が媽祖様だ。重要な判断をするとき、廟に行くのは妻にとって自然なことらしい。参拝の流れや聖杯(ポエ)を使った質問のしかたは媽祖廟で神様に質問してみたにまとめている。

結論から言うと、この参拝のあと、私の選択肢は増えた。

そして帰り道で、あまり嬉しくないことに気づいた。これはまた止まる構造ではないか、ということだ。


二択だったものが、三つになった

もともと私が抱えていた問題は、きれいな二択だった。A社の内定を承諾するか、辞退するか。それだけだ。

媽祖様に聞いた答えは「A社の内定はNO」「転職活動を続けるのはYES」だった。この経緯は媽祖様に転職を相談したら「NO」と言われたに書いた。

その結果、私が決めたのはこの三つになった。

  • A社の内定は辞退する
  • 日本での転職活動は継続する
  • 中国国内での転職活動も開始する

承諾か辞退かの二択が、複数の道に変わった。可能性が広がったと言えるし、実際に状況は動いている。少なくとも「決めきれずに固まっている」状態からは抜け出した。

ただ、廟からの帰り道で妙な引っかかりがあった。選択肢が増えたことに、素直に安心している自分がいたのだ。


選択肢が増えると、思考も増える

選択肢が増えることは、普通は良いこととされる。可能性が広がるからだ。

しかし同時に、考える材料も増える。日本か中国か。どの業界か。どの会社か。いつ動くのか。給与を取るのか、生活の安定を取るのか。

材料が増えれば、比較の組み合わせは一気に増える。二択なら比べる相手は一つだが、選択肢が三つになれば比較は三通り、条件を掛け合わせればさらに増える。

そして頭の中で判断大会が始まる。どれが正しいのかを、まだ情報が揃っていない段階で決めようとする。

私はこれを何年もやってきた。会社を辞めるかどうかでも、転職でも、同じことをしていた。だから今回も、油断すれば同じ場所に戻ると分かった。


行動すると選択肢は増える、という構造

今回の流れを整理すると、こうなる。

行動する → 情報が増える → 選択肢が増える → 思考が増える → また止まる

これは私に限った話ではないと思う。転職でも、副業でも、投資でも、同じことが起きる。

やっかいなのは、この構造の入口が「行動」だという点だ。動かなければ選択肢は増えないので、動いた人ほどこの分岐に入る。何もしなかった人は、そもそもここまで来ない。

つまり、選択肢が増えて混乱している状態は、失敗ではない。行動した証拠でもある。

問題は、増えた選択肢を前にして、思考量だけが増えて行動量が減ることだ。ここで止まると、動いたぶんだけ余計に疲れる。


決めたくないときほど、人は情報を集める

もう一つ、自分に対して書いておきたいことがある。

人は止まっているとき、こう言う。「まだ情報が足りない」

だから転職サイトを見る。企業を調べる。口コミを読む。年収を比較する。海外の求人も見てみる。一見すると、完全に合理的な行動だ。

しかし正直に言うと、私の場合、決めたくないときほど情報収集の時間が伸びる。

理由ははっきりしている。情報収集は、行動の中でいちばん安全だからだ。失敗しない。誰にも断られない。責任も発生しない。そして何より、決断しなくていい。

しかも「調べている」という事実が残るので、自分では動いている気になれる。この点が自覚しづらい。何もしていない日より、たちが悪いかもしれない。

その結果、情報が増えるほど慎重になり、動けなくなる。私はこの状態を「迷っている」と呼んでいたが、実際には決めたくなかっただけのことが多かった。探索の途中なのか、決断回避なのかを分けて考える方法は、迷っているのではない、決めたくないだけで整理している。


決めた設計は「情報と行動を分ける」

今回、選択肢が増えたときに私が決めたのは、一つだけだ。

情報と行動を、別のタスクとして扱う。

これまでの私は、情報を集めながら同時に判断しようとしていた。求人を見ながら「日本と中国どちらがいいか」を考え、面談の日程を調整しながら「そもそもこの方向でいいのか」を考える。

作業と判断が混ざると、どちらも進まない。だから分けることにした。

行動は止めない

選択肢が増えても、行動量は減らさない。具体的にはこの三つを、判断とは切り離して続ける。

  • 日本の転職活動を続ける
  • 中国国内の求人も見る
  • 面談の機会があれば受ける

これらは「どれを選ぶか」が決まっていなくても実行できる。応募も面談も、その時点では入社確定ではない。この二つを同じ重さで扱っていたことが、私が一年動けなかった原因だった。

判断は、材料が揃ってからまとめて行う

判断は後回しにする。ただし、無期限の後回しは先延ばしと同じなので、判断する日だけは先に決めておく。

そして判断するときに比べるのは、選択肢そのものではなく条件のほうだ。どれが正解かを探すと決まらないが、自分が壊れない条件を先に決めておけば、選択肢のほうを条件に当てられる。この考え方は幸福を壊さない働き方の条件にまとめている。


選択肢が増えたときの自己チェック

自分用に、簡単な確認事項を作った。選択肢が増えて手が止まりそうなときに見る。

  • 今週、判断が必要ない行動をいくつ実行したか
  • 集めた情報は、判断の期日までに使うものか
  • 「まだ情報が足りない」と言ってから、何日たっているか
  • 増えた選択肢のうち、条件に合わないものを一つでも消したか

最後の項目が意外と効果的。選択肢は増やすだけだと重くなる一方なので、減らす作業を意識的に入れないと、いつまでも全部が生きたままになる。


まとめ:止まる理由は、能力でも性格でもない

私はずっと、動けないのは自分の意志が弱いからだと思っていた。

しかし今回のことで見えたのは、止まる原因が思考の順番にあるという可能性だ。情報を集めながら同時に決めようとするから、渋滞する。

順番を変えるだけなら、性格を変えるより現実的だと思う。

神様に聞きに行って、答えをもらったつもりが、返ってきたのは選択肢が増えた状態だった。正直に言うと、少し面倒くさい。それでも、二択のまま固まっているよりはましだと今は思っている。

選択肢が増えたときこそ、考えすぎない。まず動き続けて、決断はそのあとでいい。

もし今、あなたも選択肢が増えて動けなくなっているなら、判断が必要ない行動を一つだけ探してみてほしい。応募でも、連絡でも、見学でもいい。それは決断ではないので、今日やってしまえる。


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